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ARIGATOU
  
 会ってお話するのも、メールで交わすのも、電話で声をきくのも、
  
 日々、わたしがお世話になっている行動たち。 

 そこに加わるヨロコビが、これもひとつ・・・ 

 
 いつも通りポストを開けて、手を伸ばす。

 光熱費などの通知にまじって、唯一煌々とひかりかがやくモノが・・

 それは、親しいひとから届いた、てがみ 。 ぴかぴか

 
 たまに会い、メール、電話・・もする。  それと、 てがみ 。

 てがみ

 気の向くまま、そのときの気分の文字の雰囲気で、綴られた言葉たちには、

 一瞬・一瞬を切り取る写真のような、魅力がある。

 
 
 たぶん、自分が綴って送った手紙を、数年後に読み返したりなんかしたら、

 はずかしくて、ちょっと涙目になりそうな気がするけど。

 
 そういえば、
 
 中学のときに未来の自分(20年後?の自分?)に宛てた、

 タイムカプセルみたいな手紙を、何かの授業で書いたきがするけど、

 内容を微妙におぼえていて、 うわぁぁ おそろしいな・・・

 未来の自分に届かなくていいよ・・・・と思ってしまった。 ぺろっあっかんべー

 
 たとえば さまざまな著名な人物が、幼い頃から、将来まさかスゴイ人物になるなんて

 周囲も予想さえしていないけれど、手紙や日記がひょっこりどこかにのこっていて、

 後々、超貴重なものとして展示されたり、歴史の証明になったりする。

 へぇ〜こんな字をかいていたんだ・・とか、

 こんなに熱心に恋文を送りつづけたんだ・・・とか、

 著名人のプライベートの¨素¨の部分が垣間見えたようで、それもひとつ、

 学んだ気にもなるけれど、このひとは、こんな文学を書いた、発明した・・とか

 いくら、¨すばらしい人物¨であっても、実際は、結構はずかしいもんだとおもう。

 
 ・・↑これはあくまでもわたしの勝手すぎる想像にすぎないので、

    そういう細かいことはとりあえず置いておくとして・・・・

 

 てがみは、もらったひとが捨てないかぎり、のこるものなのだけれど、

 わたしは、届いてすぐに封をあけて、読んだときの想いには、

 何物にも変えがたいヨロコビがある とおもっている。

 内容がスバラシイ!とか、そんなのは抜きで、

 紙に向かい、ペンを走らせ、封をとじ、切手をはり、ポストにだす。

 そのひとつひとつが、ありがたい。

 
 幼い頃「不幸の手紙」とか、出回っていたりもしたけど、冗談とはいえ、

 よくそんなワルイことが、なんの悪気の感覚もなく溢れていたとおもうと、

 それもおそろしいな・・・と、幼さゆえの恐怖をかんじる。


 ヨロコビのひとつなんだ って、いきてゆくなかで知ることができた自分は

 ひとつひとつの、てがみに込められた沢山の想いたちに救われ、笑い、涙し、

 それが勇気になったからだとおもう。

 てがみ という、ささいなことと思いがちの日常の行動も、

 十分おおきな影響をわたしたちに与える。

 
 いい出会いをして、いいてがみを綴りたいとおもう。

 のこってはずかしいのも、ご愛嬌・・☆

 二度とは戻らない一瞬一瞬をいきる自分が書いた、思い出となる。

 
 そして、てがみをいただくことは、さいこうのヨロコビ。




   きらきらのてがみたち
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