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ありがとう
  

  
  24年前の今日、わたしは生まれました。
  伊勢はめずらしく雪がちらちら舞っていて、とっても寒かったそう。
  おじいちゃんとおばあちゃんも九州からかけつけてくれ、
  とてもよろこんでくれたそう。
  おかあさんは、がんばったんだって。
  
  わたしが無事誕生し、やっと岡家にお正月がきた。
  明けましておめでとう
  だから 明子。
  そして干支は子年である。
  
  明けましておめでとう
  子年
  だから 明子。

  
  毎年、ひとつづつ年をかさね、ここに在るわたし。
  きょうもさまざまなことを考え、想い、
  これからを見つめている。

  
  九州の祖父母は、わたしのおかあさんの父と母である。
  
  わたしの父と母は、しげぽんとママコで、
  それとおんなじ・・と考えると、むかしからなんだか不思議な心地になる。

  とても厳格な祖父にママコは育てられ、ママコは祖父によく敬語で話す。
  祖母とは、だいぶゆるやかに和気藹藹と話すのだが、
  わたしはそういう空気感をおさない頃からみていて、
  不思議だなぁと思うのかもしれない。

  わたしは両親に、ことばに気をつけては話すけれど、敬語では話すことはない。

  祖父は、ものすごく頑固で(時に、かなり厄介)、
  超アイデアマンで、
  ちょっと偏屈なところもあり・・
  ひとを引っぱって、おおきく動かしていく力があり、ユーモアセンスがあり、
  なのに家では、おゆきさん(祖母)がいないと何にもできなくて
  それほどおゆきさんのことが大好きで、
  よく、「お〜いおゆきさ〜ん!」と家でいつも祖母の名を呼び・・・

  祖母(おゆきさん)は、ものすごく忍耐強く、
  主婦のプロフェッショナルで、
  とても繊細で、おしゃれで、かわいらしくて、
  おゆきさ〜ん!と祖父が呼ぶたびに
  すぐにかけつけ、祖父のフォローをする・・・
  
  
  祖父母の娘・ママコの性格が丁寧だったり、ナイーブだったり、きびしかったり、
  箱入りだったり、気風がよかったり、主婦として最高だったり、
  秘めている想いは情熱的で、ときにみせる底力がすごかったり・・・するのは
  やはり、ふたりの子どもであるからなのか。
  
  そのママコが、しげぽんと出逢い、
  兄男と、わたしが生まれてきたわけで・・・

  命のリレー
  みたいなものを考えてみると、
  わたしが24年前の今日、生まれてきたことは、リレーを繋ぐ命。
  わたしにも立派な使命をあたえられたのだ。

  まがりなりにも、使命をまっとうしなければならないのだ。
  わたしらしい、わたしの命、ここに在る
  もうそれだけで、恵まれている。
  すべてのご先祖様のお気持ちなんかも、繋がれ、繋がれ、つながってきて
  バトンがここにやってきて、わたしが在ります。

  ・・・・祖父、祖母、父、母、兄男とわたし、
   そしてリレーの先々にいるであろう人々・・・・・

  すべてに、ありがとう なのです。

  これからもこんな感謝の想いたちを
  どんなふうにお伝えしていけるだろう。

  バトンをもったわたしは
  自分を生きていくなかで、なにかのカタチで
  ほんとにささいなレベルかもしれませんが、
  しあわせみたいな・・やさしい気持ちをお届けできたら・・・と思っております。


  

  12月31日、祖父が亡くなりました。
  5年前から悪性リンパ腫という病気にかかり、闘病生活をおくっておりました。
  2年前にさらに病状が悪化し、厳格で、大きな大きな祖父の姿は、日に日に
  記憶のなかでしか目に映らなくなりました。
  
  昨年はとくに何度も、おじいちゃんがあぶない状態だから、覚悟しておいて
  とママコから連絡がありました。
  8月に、わたしが九州に行ったのも、おじいちゃんのお見舞いが目的でした。
  くすりの副作用で、おじいちゃんはだいぶぼけていて、
  あたまのなかで、いろんなセカイを行ったり来たりしているようでした。
  だけど、わたしが東京に帰る日に
  病室でおじいちゃんがわたしに告げてくれた言葉には
  やはり厳格で、偉大すぎる存在の祖父のタマシイが力強く在って、
  稲妻のように、わたしにふりかかった。
  そのときに
  これがさいごのご挨拶になるかもしれないな
  おじいちゃんのすべての想いをいただいた
  わたしは悔いのないようにご挨拶ができた
  そう、 こころのどこかで じ〜んとおもった

  だから
  亡くなった知らせをママコからきいたとき
  かなしいけれど、かなしくはなかった

  1日・元旦に
  お通夜にでるため、おじいちゃんのもとへ向かった。
  おじいちゃんのうつくしすぎる表情がまぶしかった
  おじいちゃんが、ふだん滅多に会えない人々をよび、引き合わせてくれた。
  兄男にもひさしぶりに会った。
  いとこは、おなかに新たな命を宿していた。
  
  なみだであふれた
  かなしいけれど
  さびしいけれど
  苦しいなみだは、もうそこには無かった。
  感謝のおもいでつつまれていた。
  2日、お葬式があり、さらに魂をゆさぶられた
  いきているもの、
  いきいていくものたちの姿をさらに鮮明に映し出した。
  おじいちゃんをおくった
  
  おじいちゃんの式
  だけど
  いきているもの、
  いきていくものたちのためでもある式

  さいごのさいごまで
  わたしは祖父から学びつづけた

  
  
  命のリレー
  わたしにも番がきて、かみしめながら歩んでいる。

  すべてのみなさまに
  こころから
  感謝いたします
  


  わたしのおじいちゃんは、
  だいすきなおゆきさんに愛されて
  享年83歳
  命のリレーを繋ぎました
 
   
  
  

  




     ロンドンシルバー



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